昼寝からメルヘン

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昼寝からメルヘン

「誰にでも好かれる青年」だった頃の面影はとうに薄れ、重ねた年齢がそうさせたのか良くも悪くもご立派に人タラシへと成長を遂げた男がここに一人。私の膝を堂々と占領しすやすやと寝こけているこの男。今や名高き四皇、赤髪海賊団の大頭その人だった。
 遡ること一時間前。
 昼を少し過ぎて作業に一区切りつけた私はようやく昼飯にありつけると食堂に向かっていた。それはもうウキウキと何食べよう! などとスキップをして。ただ軽やかなステップを踏んでいただけなのに……
 強いて原因らしいものをあげるなら、うっかり目が合ってしまったということになるのだろうか。
「おっちょうどいいところに! こっち来いよ。ここ座ってくれるか」
 太陽のようないい笑顔で開口一番にそう言われてしまった。
 思いかえせば人好きのする笑みのまま手を引かれたその瞬間にはもう彼のペースに飲み込まれていたのかもしれない。もしあの時きっぱり断っていたら今頃ゆったりと食後のコーヒーをすすっていられたろうに。
 
 まったくひとの腹事情も知らずに呑気に寝ているものだ。いたずらにほっぺつついてみても起きる様子はない。ならばと両頬をつまんでみたり、鼻をつまんでみたり、トレードマークの赤髪をちょっと引っ張ったりなんてしてたら寝てるのに眉間にギュっと皺が寄って情けないような仏頂面が出来上がっていてつい可笑しくて笑ってしまう。
「おかしらーおきてー! ねえってば」
 声をかけてみても眉間の皺はそのまま起きる様子がなくてまるで、
「眠り姫みたい」
 ぜんぜん可愛くないしお姫様でもないけど。
「もし私のキスで目が覚めたら」
「それって私が王子様になっちゃうかな?」
 やめておこう。できれば私だってお姫様がいいし、それであわよくばこの人が王子様とかその方が嬉しいし。なんてもごもご独り言をつぶやいているうちに昼が過ぎていく。
「我ながらメルヘン過ぎだよね。やめやめ! なんか恥ずかしくなってきた」
 シャンクスお姫様案を取り消したところでひとつ大きく伸びをする。そろそろ何か食べたいのだけどなァ。
 
 眉間の皺をつついて再びこの無駄に精悍な顔で遊んでやろうかと丁度手を伸ばしたところだった。空腹に耐えかねた私のお腹がぐうと大きくなり、数秒置いて膝の上の頭が揺れた。
「ぶっふは⁉は……」
 なんと起きた。それも大笑いしながら。
 あんなに色々やって起きなかったくせして人の腹の音で笑い転げるようにして起きたのだこの人は!!
「なん、なんで今のタイミングで起きるんですか⁉ていうかいつまでも人の膝で笑ってないでさっさとどいてくださいよ!」
 ようやっと起き上がったもののその赤髪がまだ小刻みに揺れているものだから腹立たしい。
「そんなに笑わなくたって。そもそもお頭が急に膝枕なんてさせたのが悪いんですからね?」
「だってなァっはは……はァやっぱだめだおまえ面白すぎるだろ。途中まではよかったのにふっははは」
 抱腹絶倒とはこのことだろうか。ツボに入ったらしく腹を抱えてヒーヒー言っている。というか、
「途中までってなんですか途中までって、もしかして寝たふりしてたんじゃ⁉」
「いやそれは何というか……な!!」
「な‼じゃないですよ⁉」
 途中地味に恥ずかしいことを口走った覚えが大いにある。腹が鳴って恥ずかしい以上に恥ずかしいメルヘンな独り言の数々。
「腹が減ってるんだろう? ならさっさと食ってこいよほら行ってこい」
 膝枕を強要した時以上に楽しげな顔で食堂へと追い立てられ私の追及などどこへやら。またしても彼の強引なペースに流されてしまった私は釈然としないままようやく昼飯にありついたのだった。
「いやまさかおれが眠り姫とはなァ」
 途中から狸寝入りしてキス待ちしてました、なんて言ったらあいつはどんな顔をしてくれるんだろうか。うん絶対に面白いな。面白いが、ちと情けない気がして言わずにおいた。それに彼女もあれで可愛らしい願望をもっているらしいと知ってしまった。
 王子役より姫様役がいいからなんて言われてその上、相手の王子様役におれをご所望だと聞いてしまえばその可愛い願いを叶えてやりたくなっちまう。さて、これからどうやってあいつの願いを叶えてやろうか。叶えてやったらどんな顔をしてくれるんだろう。こうしてまたシャンクスの楽しみは増えていく。

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