シュライヤ夢_なみきら2024

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「シュライヤくん遅いなァ」
 シュライヤ・バスクード、巷では海賊処刑人としてその名を知られつつある青年。彼とわたしは言わば恋人だった。ここは彼と約束した待ち合わせ場所の酒場。酒場なんかよりもっと可愛らしい場所を待ち合わせ場所にすればよかったかもなんて思いながらグラスを傾ける。時間を潰すにはうってつけだけれどこうも毎日入り浸るのは少々不健全と言わざるを得ない。
 毎日、あの日以来わたしは毎日この酒場で彼を待っていた。
「アンタとはここまでだ。おれはあいつを、ガスパーデの野郎を倒しにいく。だからアンタとはここでさよならだ」
 彼は仇の居場所が判明するやいなやわたしに別れを告げた。彼を止めることはできなかった。それは彼と旅を共にしてきたからわかることだった。こうなってしまった彼を止めるすべをわたしは持ち合わせていない。彼はきっと死ぬまで止まれないのだろう。それでも彼への恋情がわたしに口を開かせた。
「待ってるから。わたし、ここでシュライヤくんのこと待ってるから」
 彼は曖昧な表情で最後にニヒルに笑うと店のベルを鳴らして扉を開けてそのまま出て行ってしまった。否定こそされなかったのをいいことにわたしはあれを約束だと思いこむことにした。
 あれから指折り数えているけれどとうに三か月は経とうとしていた。わたしなりに情報収集をしてみてはいるが現状わかっていることは少なかった。彼がデッドエンドレースに参加したこと。そこにガスパーデが参加していたこと。そして最近名をあげてきた海賊、麦わらの一味が参加していたこと。開催されたレースは様々な思惑が交差していたのか通常とは様子が違っていたようだと聞く。最終的なレースの結果はゴール地点付近で麦わらの一味の目撃情報があったようだがそれ以外の参加者たちの多くは海軍に拿捕されたと新聞の一面を飾っていた。しかしその拿捕された海賊たちの中にガスパーデの名はなかった。そしてシュライヤ・バスクードの名も。
 結局シュライヤくんの行方はあれから三か月が過ぎたいまになってもわかっていない。彼のことをいつまで待ち続けるかなんて決めていない。ただ、いまはまだ諦めがつかなかった。いつかは諦めてわたしの人生を歩いて行かなければならない。けれどまだもう少しだけと願わずにいられなかった。
 カランカラン。客の来店を告げるベルの音。自然と顔がそちらを向くのはここ三か月で身に着いてしまった癖だった。店の入り口に見えた人影は、しかし月明りの逆光と薄暗い店内照明のせいでよく見えない。
「よォ」
 それは聞き間違えるはずのない声。ずっと待ち続けたひとの声。
「しゅ」
 名前を呼ぼうとしたのに声にならない。口端は歪み視界はぼやけていく。
「ったく本当に待っている馬鹿があるかよ……」
 彼はバーテンダーに一杯注文してわたしの隣の席についた。
「はは、ひでぇツラ」
「ばか」
 揶揄うような口調も大人びた表情や仕草も全てそのまま。だけどどこか憑き物が落ちたような清々しさがあった。きっと彼の中で全てが終わったのだと直感した。
「おかえり、シュライヤくん」
 ずっと言いたかった言葉。もう二度と言えないかと思っていた言葉。
「ただいま」
 彼が微笑んだ。こみあげる涙を止められなかったわたしは鼻をすすって目元を抑える。彼は出されたグラスからひと口呑むともう一度わたしを見て笑った。
「酷い。笑いすぎ」
 ぶすくれるわたしを他所に彼はとろりと微笑む。以前の彼ならこんな表情あまりしなかったはずだ。この三か月の間に彼に一体なにがあったのだろう。
 思い切って尋ねた先で彼が語ったことは衝撃の展開の連続だった。だけど彼にとってはきっと幸せな終着点だったのではないかと思う。
「よかったね」
 まるで他人事のように言ってしまった。けれど唯一の家族が戻った彼のその隣にわたしという恋人がはいる余地などあるのだろうかとつい、嫌な思考を働かせてしまっていた。再会できた妹さんとは既に共同生活を開始しているような口ぶりだったし、そこにわたしが割って入るような真似をしてもいいものだろうか。そんな考えがよぎった時だった。
「アンタはどうしたい」
 まっすぐに届くのは彼の声だった。
「いままでずっとおれの都合に付き合わせてきた自覚くらいある。今度はアンタの番だ」
「わたし。わたしは」
 一緒にいたい。その一言が喉につっかかって声にならない。本当にそんなことをわたしが言っていいんだろうか。彼のようやく手に入れた幸せをわたしがいることで壊しやしないか。
「なんてな。正直アンタがなんて言おうがこっちはもう決めてたことがある」
 ニヤリと笑ってシュライヤくんが口を開く。
「アンタともしここで会えたら、その時は言おうと思ってた」
 珍しく落ち着けるように深呼吸してから彼は言った。
「もう一度おれと一緒に来てほしい」
「は」
「嫌とは言わねェだろ。馬鹿正直にずっと待ってたアンタだもんなァ」
 シュライヤくんが意地悪な顔して笑いかけてくる。ようやく彼の言葉を飲み込み始めたわたしの目にはまた涙が浮かんだ。
「いいの?」
「いいんじゃねェの? アンタがいいなら」
「そっか……それなら、わたし行く。シュライヤくんと一緒にならどこへでも」
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったわたしの顔を彼はまた酷い顔だと揶揄った。飲みかけだったグラスの中身を、わたしのと合わせて二杯分、ぐびぐび飲み干してカウンターに金を置くと彼は立ち上がった。
「じゃあ行くぞ」
 差し伸べられた彼の手を握りしめるとじんわりと体温が伝わってくる。彼がここにいることを実感してまた泣きそうになるのを今度はこらえる。
 カランカラン。
 扉のベルを鳴らして店の外にでると月明りが優しくわたしたちの道行きを照らしていた。

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