我儘
ベン・ベックマンの困った顔が好き。もっと言うと、仕方ねェなって笑ってくれるあの表情が大好きだ。だから彼を困らせたくっていろいろ我儘を言ってみる。そうすると彼はいつも笑ってわたしの我儘を受け止めてくれる。
わたしが彼に我儘を言うのは彼のことが好きで信頼しているから。彼はその我儘を可愛いと言う。そしてわたしが向けた信頼に応えるようにその願いを彼はいつだってかなえてくれる。
例えばそう、こんな我儘を言った日も彼は落ち着き払ってしまいにはわたしの頭を撫でて微笑んでいたっけ。
「ねェ、ベック。今夜は子守唄を歌って」
なにかきっかけがあったわけじゃない。わたしの突飛な思いつき。けれどベックはなんてことない顔して答える。
「子守唄? そりゃまた随分と懐かしい注文だなァ」
ウタを乗せていた頃は何度もせがまれては歌っていた。ねむれ、ねむれと幾度も口ずさんだものだ。懐かしいあの穏やかな曲調をベックマンはすぐに思い出して微笑んだ。
「ダメ?」
小首をかしげた彼女は言葉こそ遠慮がちだがベックマンが我儘を受け入れてくれる未来しか想像していない。彼女のおねだりを彼が断わるはずがないと信じ切っているのだ。
「いいや。おまえが望むならいくらでも」
そしてベックマンは彼女の思った通り今日も彼女のおねだりを断らない。彼女は自身の言動を「我儘」だと言い表す。しかしベックマンにとってみればどれも小さな可愛らしいお願いに過ぎない、我儘というにはほど遠い。
「さすがベック、大好き」
にこりと笑った彼女の小さな頭を撫でてベックマンは咳ばらいをする。そしておもむろに口を開いた。
「……眠れ、眠れ、かわいい愛らしい子よ」
瞼を閉じるといつのまにか背に回されたベックマンの手がメロディーに合わせるようにトントンと心地いいリズムを刻む。ベックマンの口から紡がれる音楽は魔法のように彼女の身体に流れ込んでいった。不思議と身体が温まるような感覚とゆりかごで揺られるような感覚。ベックマンが歌い終える頃には彼女はすっかり寝入っていた。
眠りに落ちた彼女のあどけない寝顔をつついてベックマンはひとり破顔する。
「ははっまさか本当に寝ちまうとはなァ……あァ、かわいい」
食っちまいたいくらいに、と続けたいところだったが彼女の穏やかな寝息がベックマンの毒気を抜いてしまうのだった。
「おれをこんなにするのは世界中探したっておまえさん一人だけだろうよ」
そう言ってからベックマンもベッドサイドのランプを消すと毛布を胸元までずり上げる。
「おやすみ」
彼女を抱き寄せてその額に口づけると満足したようにベックマンも瞼を閉じた。
こんな調子で少なくとも一日にひとつはベックマンに我儘を言う彼女。それはたとえベックマンがどんなに忙しいときにもやってくる。書類仕事で缶詰になっているときなんかはベックが食堂に来てくれなくちゃ自分もご飯を食べないなどと言って彼を引っ張ってくるし、海域特有の異常気象で船がてんやわんやの時でも似たような様子だった。
今日も今日とて彼女はベックマンにどんな我儘を言おうか考えていた。と同時にベックマンもそういえば今日はまだ彼女の可愛い我儘の声を聞いていないなと至ったときだった。
ドカン! 突然の破壊音。一瞬、船員たちの間に緊迫感が漂ったかと思うと色めき立つような歓喜の声がそこかしこから上がる。海賊とは血の気の多い生き物なのだ。
もちろん女とて彼女も立派な海賊、例外はない。
「敵襲! 久しぶりだ!」
うきうきと自らの武器を手に取り部屋を飛び出した。
「おっと」
扉を開けた瞬間、誰かにぶつかったかと思えば相手はベックマンだった。彼も使い慣れた長銃を担いで甲板へでるところだったらしい。
「今回の相手はどんな奴らかな」
「いきなり一発ぶち当ててくる威勢とこの雰囲気からしてどこぞ海で多少はならしてきたルーキーってところだろうなァ」
船内にいながらもベックマンにはすでに見聞色の覇気で相手方の様子がある程度把握できている様子だった。
「まァ若手の手慣らしにゃ丁度いいだろう」
煙草を蒸かしたままそんなことを言うベックマンには流石に四皇の副船長と思わせる貫禄があった。
「じゃあ今回ベックは後方支援組?」
ベックマンが前線に出るほどの相手ではないらしいと悟ってナマエは投げかける。多少つまらないなと思いながら。
「そのつもりだが……おまえさんあまりはしゃぎすぎるなよ」
溜息をついてベックマンが視線を彼女へと寄越す。じとりと効果音がつきそうなその視線を躱すように彼女は答える。
「べつにわたしは戦闘狂じゃないんだけど」
「どうだかな? すぐはしゃいで周りが見えなくなる。おまえの悪い癖だろう。怪我だけはしてくれるなよ」
「はァい」
「じゃあまたあとで」
会話に区切りがついたとき二人は揃ってお天道様の下へと飛び出した。
甲板に出ると戦闘は既に始まっていた。長銃を振るいながら道を切り開いていくベックマンと分かれナマエも戦いに身を投じていく。つい先ほどまで流れていた長閑な空気は霧散して埃と血飛沫が充満している。
「はッよいしょ! とりゃ」
ナマエもその喧騒の中の一部となって次々に沸いて出てくる相手を倒すことに専念する。次は斜め前で刀を振るっているやつを、と敵めがけて駆けだした瞬間だった。至近距離、背後から人の倒れてくる気配に身を翻す。力なく倒れこんだ賊は見覚えのない顔をしていた。おそらくこいつに背後を狙われていたのだろう。そしてそれに彼女が気付く前に先んじて撃ち殺してくれたのは間違いなくベックマンだった。
「ベックーありがとー!」
彼女が戦場で思い切り声を張り上げるとすこし離れた場所でからかいの口笛をふく音が聞こえてきた。さては冷やかされているなァなんて呑気に考えながらも敵から放たれる銃弾を回避し懐に深く切り込む手は止めない。流れるような手捌きと身のこなしで相手の脇深くにナイフを突き立てる。
「ぐあっ」
引き抜いたナイフからは新鮮な赤い血がしたたっていく。留めにもう一撃と振りかぶった瞬間、横から誰かにふっとばされた身体がとんでくる。船体に叩きつけられたがそれが仲間のものでないことはわかり切っているのでこいつを飛ばしてきたであろう方向にむかって適当に野次をとばすことにした。
「わたしに当たったらどうしてくれんのよー!」
「すまーん! ミスったー!」
戦場にありながら赤髪海賊団の船員たちは軽快に会話を続ける。
「舐めてんじゃねェぞテメェら!」
その様子が大層気に入らなかったのか真っ直ぐこちらに突っ込んできた大男をまたも後方誰かの放った弾丸が見事に戦闘不能にした。すっかりハイになってきた彼女はこのとき閃いたとばかりにまた戦場の中心で大声を張り上げる。
「ベックー! きこえてるー? 聞こえてるよね!」
馬鹿でかい声は真っ先に標的となりそこらじゅうの敵がわらわらと彼女めがけて攻撃を仕掛けてくる。それをやり過ごしながら彼女は明るく声を張り上げ続ける。
「ねェベックー! キスして!」
「ハァ? なに言ってやがんだこの女。頭イかれてんじゃねェかァ?」
敵の反応は至極真っ当だった。対して赤髪海賊団のクルーたちはさながら宴の余興でも前にしたかのごとくヒューヒューともてはやす者たちばかり。
「こいつら本当にどうかしていやがるぜ。特にあの女! 馬鹿にしやがって! ただじゃおかねェ!!」
「あァ全く同感だよ」
男の背後から溜息をついて同意する声と紫煙が漂ってくる。
「おめェらさっさとあの女を血祭りにあげてこい!」
「おっとそいつは聞き捨てならねェな」
「あァ? おれの言うことがき」
聞けねェのかとでも言うのつもりだったのだろう。しかし男の声は不自然に途切れることとなった。
「悪ィなお姫さまがおれをお呼びなんだ」
そうして撲殺された男の無残な死体がまた一つ甲板に転がった。
「さてと、ナマエ!」
男の呼び声に弾かれたように彼女が駆け寄る。
「ベック! やっと来てくれた」
「ったくこのお転婆が。ご所望はキスだったか?」
そして寸分の隙間もなく二人の唇が合わさった。
ちゅっ、ちゅ、と何度も角度を変えて味わうように二人はキスを続ける。
「お、おいやっちまえ!」
突然始まったラブシーンに唖然としていた敵たちがその声を皮切りに動き出す。
「あァ? 無粋な奴らだ」
そうぼやくとベックマンはナマエの肩越しにナイフを投げる。それが脳天に突き刺さった海賊はばたりと倒れた。
「ん、ふ」
戦場に似つかわしくない色っぽい吐息の間に彼女も腰に刺したサーベルを振り降ろしベックマンの背後から迫ろうとした海賊を一刀両断して見せる。
「さ、お姫さま。これで満足したか?」
「うん、ありがとう王子様!」
「キスくらいいつでもお安い御用だ」
最後に彼女の頭にキスを落とすとベックマンはようやく周囲の敵に向き直った。
「お次はダンスといこうじゃねェか」
「素敵なお誘いね」
すると二人はまさしくダンスを踊るように歩幅を合わせてステップを踏むように戦場を暴れまわった。戦場の中心で嵐のように敵をなぶり続け、そして最後にズドンと響き渡る重い音がしたかと思うと海賊たちの姿はすっかり一層されていた。
「よ! おふたりさん。面白かったぜ!」
肩を叩いてきたのは狙撃手のヤソップだった。
「ナマエの声聞くなりベックの野郎飛んで行っちまってよォ。おかげでおれの仕事が増えたんだぜ? 次の島についたら酒でもおごれってくれるよなァ副船長!」
「わかったわかった」
ベックマンは溜息をついて答えた。
「肝心の次の島までどれくらいかかるんだっけ」
前に上陸してからおよそひと月は経っているはずだった。
「あァそれならもうすぐだ。このまま今のペースで進めりゃ一週間もせずにつくだろうとよ」
「次の島どんなとこかなァ楽しみ」
「次の島のこともいいが、目の前の戦利品はいいのか? さっさと行かねェと目ぼしいもんあいつらにとられちまうぞ」
「あっ! いってくる」
敵船からかき集めて早速始まっていた戦利品の分配。盛り上がっている輪の中心へと彼女も駆けていく。
戦場で血を浴びていた彼女が今はもうぎらつく金銀財宝に目を輝かせ無邪気にはしゃいでいる。海賊がすっかり板についているらしい彼女をみてベックマンは今日も煙草がうまいと独り言ちるとゆったりと肺に煙を取り込んだ。
それから三日後。ベックマンが言っていた通り次の島が見えてきた。
「島がみえたぞー!」
大声でそれを知らせるのはすでにはしゃいでいる大頭。遠目にも建物が散見されそれなりに栄えていることがわかる。
「今回はショッピング楽しめそう!」
前回の島が無人島だったおかげで今回は買いたいものが沢山あるのだという。早速買い物リストを作らなくっちゃと彼女は船室に戻っていった。今回は上陸直前に襲撃があったおかげで換金できるものがたんまりとある。数か月にわたって補給がままならなかっただけに食料も砲弾もだいぶ目減りしてきていた。今回の上陸では仕入れるものが多くなるだろう。
「おれも今のうちにリストを見直しておくか」
副船長ながら帳簿も預かっている身としてベックマンも自室へと踵を返すのだった。
それからほどなくして島の港から離れた場所にレッドフォース号は接岸した。上陸前にそれぞれに指示が出され各自調達を終え次第自由時間になることが言い渡された。皆が次々に上陸していくなか、ベックマンは船のへりからそれを眺めている。調達してきた品々に間違いがないか、店側から提示された納期など副船長は報告されたそれらをとりまとめておかなければならなかったからだ。
「退屈そうねベック」
「おまえももう行くのか」
「さっさと終わらせて街をみにいきたいからね」
鼻歌交じりに答える彼女の手をとってベックマンは尋ねる。
「荷物持ちはいらねェのか?」
「うーん今日は目ぼしいものがあるか確認だけしてくるつもりだから。ベックとのデートはまた今度お願いね?」
「わかった。気を付けてな」
ベックマンは握っていた手をそのまま口元に寄せるとリップ音をならしてウインクしてみせる。彼女はくすぐったそうにはにかんでタラップへと向かっていった。
渡された補給物資リストを取り出して確認してから街中を見渡す。どの建物も白い壁が特徴的で反射する光に思わず目をすがめた。綺麗な街だ。その美しいまでの白さからは静謐な印象を受けるがそれ以上にに人びとの活気が溢れて賑やかな印象が色濃い街だった。そこらじゅうに市がたち並び客引きの明るい声が耳に入ってくる。まずは大通りからみていこうかと意気揚々歩き出す。暗く彼女見つめる視線に気づかぬまま。
この街は海賊も多く立ち寄るらしく武器屋も数多く点在していた。刀剣を専門に扱う店から銃器や火薬の類を扱う店、他にも武器全般を扱う店や修理を専門に扱う店など様々な店がそろっていた。
「このこも手入れにだしておこうかなァ」
服と買い物袋で覆い隠した武器をそっと撫でる。自分でも習って手入れは欠かさない様にしているがやはり専門の手に敵う者はない。次にいつ専門店に立ち会えるともわからない気ままな海賊稼業にあってはこういった機会は逃しがたかった。物資の注文と買い出しを終えてからまた来ようと脳内地図に赤マルを付けてその場を後にした。
「ただいまァ」
荷物を両手に呑気に声をあげた彼女をベックマンはおかえりのキスで迎えた。その隙に彼女の手から荷物をとりあげる。
「ありがとベック」
「どういたしまして。で、どうだった街の様子は」
そんなもの先に船に帰ってきたクルーたちからすでに聞いているだろうにベックマンは彼女の口から語られる話を楽しそうに聞いていた。
「わたしまた街にいってくるね」
「ん、もう行くのか。買い物に夢中になって遅くなるなよ」
「わかってるって。今夜は街で宴でしょ! じゃあまた酒場でね」
そう言って街へと向かった彼女の後ろ姿を眺めてベックマンは煙草の先に火をつけた。
「ええとたしかこの辺りに……」
先ほど見つけたあの武器屋を探して街を歩く。店のあった場所は大通りからそれて細道を何本か通った先にあった。脳内地図と照らし合わせながら道を行く。
「あった!」
ようやく見つけた店に入ると流石の品ぞろえに気分が上がる。
「おじさん、この武器の手入れお願いしたいんだけど」
「おういいよ。仕上がりはそうだなァ、夕方頃になるがいいかい?」
「大丈夫、それじゃお願いね」
「おっとお嬢さん。取りに来るときはこの交換札をもってきておくれ」
そういうと店名の下に番号が記された紙きれを渡される。
「わかった、ありがとう」
受け取った紙をポケットに無造作に突っ込む。店主に武器を任せると彼女はそのまま店をた。このまま路地裏の店をぶらつこうかそれとも大通りで服や化粧品をみようかと悩みはじめたその時だった。背後から何者かが彼女を羽交い絞めにしてきた。しかしそう簡単にやられるはずもなく肘鉄をお見舞いして腕をすり抜けると今度は二人、三人と脇から人影が現れる。道は狭く大立ち回りをするには向かない。そればかりか彼女はいま武器を預けてしまったばかり。
「こそこそ後つけてきたってわけね。あんたら何者」
「へへ何者とはずいぶんなご挨拶じゃねェの。おれたちの顔をもう忘れちまったかい」
「顔? 悪いけど見覚えが無いわね」
「こっちにゃたんまりしなきゃならねぇ礼があるってのになァ。おい! やっちまえ!」
掛け声に従って男たちが向かってくる。どうにか躱しながら大通りへの道を探そうと少し視線をずらした時だった。
「ッいた」
相手のナイフの切っ先が腕をかすめていた。切り口からは血がにじんでいく。
「ハハッやっぱり大したことねェなァ!」
勝ち誇ったように男たちは下品な笑いを通りに響かせる。
「この程度で……ッ」
「その程度でいいのさ。この島で手に入れたそいつは少量ですぐに効くって評判なんだぜ?」
せせら笑う男たちを睨みつけるがその間にも視界が揺らぎ始める。刃先に毒でも塗られていたのだろうと理解するのと彼女の身体が地面に打ち付けられるのはほとんど同時だった。
目を覚ますとそこは汚い部屋の片隅だった。
「ようやくお目覚めかよお姫様」
そう呼びかけられてようやく彼らの正体が見えてくる。三日前、襲撃してきた例の海賊の残党だ。運よくこの島に流れ着いていたらしい。
「あの時は随分と見せつけてくれたっけなァ?」
「おめェのせいでおれたちは壊滅。運よく生き延びてもこれっぽっちの人数じゃ何にもなりゃしねェ」
「折角手に入れた宝も名声も全部パァだ。誰のせいだと思う? オメェらのせいだろうがよォ」
口々に発される文句はどれもあの日襲ってきたおまえたちの自業自得じゃないかなどと考えつつ彼女は口を閉ざす。
「……ケッだんまりか。つまらねェなァ!」
無言を貫く彼女に腹を立てたらしい男がついに彼女に手をあげた。その後も罵詈雑言と暴力を浴びせられ続け顔が随分と腫れ上がってきたころ。一人の男が彼女の前に電伝虫を差し出した。
「かけろ」
しかし彼女は口を閉ざし続ける。
「あの男だ。おまえの王子様だったか? あいつにかけろ。丸腰で一人で来いってなァ」
そこまで言われて彼女はとうとう口を開く。
「ふざけてるの?」
「ようやく話す言葉がそれでいいのかァ? 言葉を選べよ。おまえの立場をよく考えるんだなァ」
彼女の腹に蹴りを入れると男は再び尋ねた。
「今夜はおまえら酒場に行くんだってなァ? そこで全員に一服盛ってやったっていいんだぜ? イイ女を雇って酒に毒をいれさせるくらいわけないんだからなァ」
「なァどうする? 賢い賢いお姫様ならわかるよなァ?」
「……わかった」
ぷるぷるぷる、ぷるぷるぷる。
デスクの片隅に置いた電伝虫が誰かからの連絡を知らせる。船の方の電伝虫じゃなくこちらにかけてきたということは個人的な内容かつこの番号を知っている相手からであることがわかった。
「もしもし」
「……もしもし、わたし。ナマエだけど」
「なんだナマエかどうした。何かあったか」
「あ、ええと大したことじゃないんだけどね」
そう前置きしてから彼女は言葉を続ける。
「ちょっと買いすぎて一人じゃ運べないから来てくれる?」
「……あァ構わねぇが」
「あとそれから銃は置いてきてね、海賊嫌いのお店みたいで」
「わかった。場所は?」
「ちょっと奥まったところにあるお店なんだけど、大通りで看板もって呼び込みしてる店員さんがいたから聞けばすぐわかると思う。来てくれる?」
「あァもちろんすぐ行く。もう少し辛抱していてくれ」
受話器をもとに戻したベックマンは溜息をつく。
「まったくお転婆なお姫様だ」
そして船番をしていた船員に一声かけるとベックマンは足早に街へと向かうのだった。
「よかったなァお姫様よォ」
男たちはニタニタと下卑た笑みを浮かべる。
「あのベン・ベックマンと言えど丸腰でこっちにゃ奴の女もいるんだ。どうとでもできるってもんよォ」
「あんたたちお目出たい頭してんのね」
嘲笑うように口を開いた彼女に男たちはすぐさま激昂する。
「ベックがあんたたちみたいのにやられるわけないでしょ」
「うるせェなァ! まだ立場が分からねェか!」
ナイフをちらつかせて近づいてきたかと思うと男は殊更に汚い笑い声をあげて続ける。
「ハハッあいつの女なだけあってカラダだけはいっちょ前だよなァ」
室内に繊維を裂く音が響く。
「おれたちので汚れたおまえのカラダを見たらアイツはどんな顔すんだろうなァ?」
「ひへへッそいつはいい。安心しろよ、おれたち皆でたっぷりお嬢ちゃんのことかわいがってやるからさァ」
下卑た男たちの視線が彼女の身体のあちこちを舐めるように追いかけてくる。汗と泥とで汚れきった男の手が彼女の頬に触れようと近づいてくる。それに彼女が思わず身を固くしたその時だった。
パンッ。銃声が響き渡った。
銃弾は窓ガラスを割り、彼女に触れかけた男の手のひらを見事に撃ち抜いていた。室内がにわかに騒然とする。
「おい、なんだ今の? どこから」
「いてェ! いてェよ! おい! 誰か!」
「赤髪か?」
「でもこっちにはこの女が!」
騒ぎ立てる男たちをよそに彼女はひとり安堵の溜息をもらした。するとドアをノックする音が聞こえてきた。誰もがそちらに目をとられる。張り詰めた空気を文字通り蹴破って入ってきたのは赤髪海賊団副船長、ベン・ベックマンその人だった。
「な、なんで武器をもっていやがるんだ。おいど、どどうすんだ!」
「がたがた騒ぐな! こっちにこの女がい」
男が全て言い終えないうちにベックマンが男の顎を撃ち抜いた。
「おれの女が、どうしたって?」
咥えた煙草に火をつけ男たちを睥睨する。
「驚いているようだから教えてやるが、愛する女のかわいいお願いと汚ねェおまえさんらの言わせた言葉とが同じに聞こえるわけがねェんだよ。覚えとけ」
たっぷり吸い込んでから煙を吐き出すとベックマンは余裕の笑みをこぼす。
「さァ、愛しいお姫様を返してもらおうじゃねェの」
その後に起きたことはこうだった。人質を腕に収めようと男たちが彼女に腕をのばすのを見越したベックマンによって手始めに男たちの腕が順番に吹き飛んだ。命乞いをはじめるもの、逃げ出そうとしたものはそのまま脳天を撃ち抜かれて地に伏した。最後に残った男は半狂乱で思いつく限りの罵詈雑言を口走っていたがそれもベックマンが振り切った長銃によって頭をかち割られて永遠に口を閉ざすことになった。
そして全てを終えるとベックマンは跪き彼女の縄を解いてやった。
「ベックほんとにわかってたの?」
「なんのことだ」
「とぼけないで。わたしからの連絡でわかってたってほんと?」
「ナマエの声だ。聞けばわかる」
「……」
「どうした? 惚れ直したか?」
「うん」
「嬉しいことを言ってくれる。だが随分と遅くなっちまって悪かったな」
引き裂かれた彼女の服を見てベックマンは声を落とした。
「いいの大丈夫だから。殴られたりはしたけど変なことされる前だったし」
「……そうか」
「心配ならあとで確かめてもいいよ」
「ったくおまえはまたそんなことを」
「じゃあ、今夜はやめとく?」
彼女のいたずらな問いかけにベックマンは深く溜息をつくと彼女首筋に顔をうずめた。耳元にキスを落としてからベックマンは囁く。
「……酷くしても?」
「ベックがそうしたいのなら」
あっさりと承諾を得るとベックマンは彼女を抱きしめて深呼吸をする。
「心配した」
「ごめんね。助けに来てくれてありがとう」
羽織っていた唐草模様のマントを脱ぐとそれを彼女の身体にぐるりと巻き付ける。
「おくるみみたい……」
「また子守唄でも歌ってやろうか?」
笑ってベックマンは彼女を抱き上げる。
「このまま船に帰るの? もっと街中見て回りたかったなァ」
「よせよせ。その顔じゃ店の連中を怖がらせちまう。まずはホンゴウにちゃんと診てもらわねェとな」
「そんなに見た目酷い?」
「帰ったら鏡で確認するといい。さァ帰るぞ」
来るときに蹴破ったドアを踏み越えて建物を出るとそこは武器屋からあまり離れていない場所だったことに気づく。
「そこの武器屋にわたしの預けてあるんだけど。たしか夕方にはできるって……」
「それも後回しだ。いまははやく船にもどるぞ」
流石にこの状況にあっては我儘を聞いてはもらえないかとあきらめて目を閉じようとしてけれど諦めきれずにベックに尋ねる。
「ダメ?」
「……あァもうおまえってやつは」
首を振って諦めたのはベックマンの方だった。マントをずり上げて彼女の顔を隠してやってから店に足を踏み入れた。幸いにも交換札が彼女のポケットに入ったままだったので無事に武器を受け取ることができた。
「ありがとベック」
胸元で囁くようにお礼をいった彼女にベックマンは思わず笑みをこぼす。
「あァまったく。おまえをエスコートできるのはおれだけだな?」
「ふふ、そうかも」
彼女の笑いがマント越しにベックマンの胸に届く。これからも彼女は彼を困らせることだろう。そして彼もこれからもその可愛らしい我儘に笑って付き合っていく。
彼女の我儘が彼への信頼の証であるように、彼がそれに応え続けるのは彼女への愛情がゆえである。二人はとても似合いの王子とお姫様なのだった。
その夜、街では赤髪海賊団の宴が開かれる。そこに美人はいるけれど決して毒を盛るような女はいなかった。そして一人の女クルーと副船長の姿もそこにはない。
「ホンゴウったら怪我人は酒禁止ってうるさかった。全然平気なのに。」
「仕方ねェだろう大人しく医者の判断に従ってやれよ」
「わかってるけど」
「それと、ベッドの上で他の男の話はマナー違反だって前に教えなかったか?」
「え、えとそれは。っていうか激しい運動もよくないって」
ぎらつく瞳に射貫かれて彼女は身体を固くする。だからそのええと、と言い募る彼女の口を自らのそれで塞いでからベックマンは低い声で言った。
「あァだからちゃんと優しく酷くするさ」
ちぐはぐな言葉を並べてベックマンは笑う。彼女の抗議空しく今夜も長い夜がはじまるのだった。