残雪/ぶつかる/脱ぎ散らかした服
それは山の雪解け水が小川となり残雪の合間から緑が顔を見せ始めた頃だった。彼ら、赤髪海賊団がこの地を訪れたのはそんな春待つ平穏な日々だった。
「おい! 港に海賊船が着いたらしいぞ」
「海賊船!?ここにゃ何もないってのにか! どうするんだよ!」
海賊船の目撃情報は瞬く間に島中を駆け巡る。寒い冬をじっと耐え忍び待ち望んだうららかな日差し。そこに影が差すのではと誰もが身をこわばらせていた。けれど、やってきた男たちは略奪のりの字もないような連中だった。馬鹿で粗野だが気風がよく何より情に厚い海の男たち。島の人間たちが彼らに心を許すまでそう時間はかからなかった。
女は街を歩く。爽やかな春風にスカートの裾がはためく。
「よォお嬢さん。今日は一段と別嬪さんだなァ」
軽やかに声をかけてきたのはかの赤髪海賊団副船長、ベン・ベックマンだった。
「副船長さん、こんにちは」
ベックマンの言葉に薄く頬を染めて彼女は微笑む。
「いこうか」
「どうぞお手柔らかに」
差し出された男の手のひらに彼女はおずおずと触れた。その小さな手を包み込むように握ってベックマンは歩き始める。
「今日はどこへ行こうか」
彼女にはまだ聞きなれない低音。話しかれられる度に鼓動が跳ねた。
「おっと」
「へ!?」
彼女の視界をベックマンの黒いシャツが占める。トクントクンと耳に届くのは心音。数秒してから抱き寄せられていると気づいた。
「あの、副船長さん!?」
「あァ悪い、驚かせたか。もう大丈夫だ」
ベックマンの腕から解放された彼女が見たのは母親に抱き上げられる子ども。どうやら飛び出してきた子供とぶつかる寸前だったらしい。
「……ありがとうございます」
恥ずかしそうに礼を述べる彼女に一歩近づいてベックマンは笑いかける。
「なァもう一度、いいか?」
「もう一度?」
「抱きしめさせてくれ」
その腕に彼女を閉じ込めて、ベックマンはほくそ笑む。この女をどう口説き落として連れ去ろうか。ああだが連れこむ前に船内を片付けなければならない。仲間たちの脱ぎ散らかした服が散らばるような場所じゃいくら言葉を尽くそうと逃げられかねない。
彼女を囲う算段を立てているとはつゆ知らず。女はただ心臓を忙しなく鼓動させるばかりだった。