benn・beckman × you…
※現パロ
店の奥に数部屋のみ用意された座敷の個室。ベックマンが彼女を連れて訪れたのはそんな落ち着いた雰囲気の場所だった。
「ベックさん、これ……! すっごくおいしい!」
個室なのだから気にする必要もないのに彼女は声をひそめて感想を述べる。そうやって静かにはしゃぐ声を聞いてベックマンは安堵した。
待ち合わせ場所でシャンクスと楽しそうに話す彼女を認めたときに感じたもの。ベックマンの心に薄く靄のように広がったその不安は、しかし彼女の笑顔を前にしても完璧に拭い去ることはできなかった。
「そうか……おれにもひと口もらえるか?」
「どうぞどうぞ。本当にすっごく美味しいので」
小皿に取り分けてにこにこと微笑む彼女の頬には既にアルコールによる紅潮が浮かび始めている。その瞳は潤んでいるし、おいしいと呟く度に零れる吐息は酒気と熱を孕んでいた。
彼女が意図して誘惑しているわけではない。あくまで酒によるものだと理解していてなおその色香に惹かれる馬鹿共がいないとも限らない、とベックマンの心に厄介な独占欲が湧く。
「さっきはシャンクスがうるさかっただろうが、うちの忘年会なんぞ断っていいんだからな」
「でもシャンクスさん完全にその気になってましたけど」
「……あの人のことは気にしなくていい。それに年末なんておまえさんも忙しいだろ?」
愛らしい唇が他の男の名前を呼ぶことさえ今は腹立たしい。それが自ら担ぎ上げると決めた人物の名であったとしても。
「それこそ気にしないでください。ベックさんたちはご挨拶とか忙しいのかもしれないですけど。わたしみたいな平社員はどうとでも都合をつけられますから! でも、もしも、ベックさんが嫌だって言うなら」
尻すぼみになっていく彼女の声にベックマンは反論する。
「そんなことは、ない。ないんだが、」
「……ベックさんのこと昔から知っている人がたくさんいるんですよね?」
「そりゃあ会社の連中は昔から付き合いがあるやつも多いが」
彼女の意図もわからぬままにベックマンはただ質問への回答を口にする。けれどそれを聞いた彼女は箸を止めると確かにベックマンから目を逸らした。いつもきらきらと輝く彼女の瞳が暗く陰っていく。
「……こんな彼女恥ずかしくて紹介できるわけない、ですよね。っていうか彼女なんて思ってたのわたしだけか」
「あァ?」
「下手にわたしが彼女ヅラしちゃったら会社の女の人たちから声かからなくなっちゃうかもしれないし。ベックさんはわたしだけの、じゃないんですもんね」
あァやはり、とベックマンは深くため息を吐く。危惧していた通り彼女はシャンクスから聞いたであろう過去の話から困った勘違いをしている。過去の行いを知れば不要な疑念を抱かせることになると分かっていた。けれど実際は疑念に止まらず彼女の思考は一足飛びに駆け抜けて『ベックマンにとって数多いる遊びのうちの一人にすぎない、他の女たちと遊ぶには邪魔な存在』と結論付けていた。
「もういい、やめろ」
けれどベックマンの声を聞いても彼女はその無理矢理な笑顔も自身に言い聞かせるようなセリフも何もかも止めることはなかった。
「ごめんなさいわたし、こんな、調子に乗っちゃて。でもだいじょうぶです! これからはちゃんと弁えて、だから、まだ」
「やめろ!」
彼女の自虐も自傷も。悲痛な言葉をベックマンは遮った。
「あ、ごめ……なさ……ッ」
珍しく声を荒げた男に彼女は怖れだけを浮かべて涙声でただ許しを乞うた。
「あァクソそうじゃない」
己の声を契機に流れ始めた彼女の涙にベックマンは知らず舌打ちをする。しかし当然それは彼女にとってただの怒りの発露としかとらえられない。
「や、いや。べっくさん。なんばんめでも、いいから」
手を伸ばそうとする彼女に心のどこかで優越感を覚えながら、ベックマンは席を離れ彼女の隣に膝をつく。女が虚ろに縋るように伸ばした手を引き寄せてベックマンはその手の甲と手のひらに順番にキスを贈った。
「おまえ以外の女なんざこっちから願い下げだ」
「べっく、さん?」
「あァそうだおまえさん何番目でもいいと言ったな? なら当然、一番だ。たとえ二番目、三番目にしてくれとおまえに直接泣きつかれたって変えてはやれねェ」
「へ……?」
「おまえさんはとっくの昔からおれだけの女で、この世で一番の、何より誰より自慢の彼女だよ」
彼女の瞳にまた膜が張る。ぱちりと閉じられた瞬間、零れた涙がきらきらと光を反射して落ちていく。
「べっくさん、ベックさん」
恋人の名前を何度も口のなかで転がすように呟くその女を、ベックマンはあやすように抱き込めた。
その夜ひとりの男が泣き疲れた恋人を連れて帰路につく。ベックマンは今にもまぶたがくっつきそうな様子の彼女の化粧を落とし、服を脱がせ、そして一緒に湯船に浸かった。彼女は中空に浮かぶような微睡みのさなかにも健気にベックマンの姿を追う。
ベックマンの姿を視界に映してはぽやぽやと歓びの声をあげる彼女を前に、ベックマンは理性を総動員するのだった。
12/08 はしゃぐ声/きらきら/駆け抜けて