倉庫にて
「ひゃっ」
甲高い声がシンと静まり返っていた倉庫内に響き渡る。室内には作業中だったらしい女の姿と彼女を囲い込むように立つシルバーグレーの髪の男。
「やっ……こんなとこでベックさんなんでっ」
「なんで、だと? それはこっちの台詞だろうよお嬢さん」
どこかお頭あたりとかとにかく安全地帯に今すぐ逃げなければならないと脳内で警鐘が鳴りだす。その間にもベックマンは一歩彼女へと近づいてくる。距離をとろうにも前にはベックマン、すぐ後ろには棚がある状況ではどうすることもできない。女はじわじわと近づいてくるベックマンから逃れる道が無いことを悟って冷や汗を流した。
「わたしなにか怒らせるようなことした?」
「心当たりがないとでも?」
普段彼女に対しては温厚なベックマンからの責めるような言葉と、言葉の合間に這わされた分厚い手のひらに女はただ翻弄されてしまう。
「ん、っこころあたりって言われても……は、ァそんなのわかんないよお」
「ならこのままだなァ可哀そうに」
薄暗い倉庫内でベックマンだけが彼女の痴態をその目に映す。着衣の乱れどころか煙草さえ咥えて普段船上で指揮をとるときと全く変わらない出で立ちのベックマンと反対に女はかろうじで服を着てはいるものの肩ひもはずりおちて胸元が心もとない状態になっていた。もはや意味を成さない声を漏らすだけの彼女に彼は口元を歪めて笑うと溜息をついた。
「仕方ねェなァ。ヒントをやろう」
肌に触れる彼の手によってすっかりのぼせあがった女は上ずった声で聞き返した。
「っひんと?」
「そうヒントだ。だからよく聞いてようく考えてくれよお嬢さん?」
こくこくと頷く健気な女を視界に収めるとベックマンは口を彼女の耳元に寄せてその低音を彼女に直接吹き込むようにして聞かせる。
「上陸前におれが教えたことだ。これでわかるな?」
「あっっひぅ」
「お嬢さん、わかったか? ン?」
吸っていた煙草の煙をふぅと彼女の顔に吹き付けて再度問いかけると彼女はようやくまともな解答をしはじめた。
「あ、あ。わか、りまひたァ」
「そうか。なら正直に言ってごらん」
「ベックさんに言われてたのにぃ、しまのお兄さんのこと断れなくてっごめんっなさい! でも手つないだだけなの、おにーさんとなにもシてないからっ。まち案内してもらってそれだけだからァ」
「そうかそうか。ならこの傷の説明はできるか?」
ぺらぺらと喋り出した女の頭を撫でてベックマンは優しく微笑んでみせた。
「きず? へんなのにからまれて、蹴り上げたときに切られて。でも大したことはなくて。おにーさんが」
「ほう? おにーさんが?」
「それでおにーさんが、てあてしてくれて」
「それで? ココを手当てさせたと?」
「ん? うん」
包帯が巻かれた女の太ももをするりと撫でるベックマンの腕に青筋が浮かんでいることに気づきもせず女は続ける。
「だから、っただのいーひとでっなにも、ン、なかったよ?」
「この愛らしい身体を触らせたことにゃ変わらねェだろう」
「そうだけどォ」
「ならもう文句はねェな?」
「……はい」
蕩け切った女の了承を聞いてベックマンは彼女を抱え上げると副船長室へ向かって歩き始めた。