benn・beckman × you…
思い出話はずっと昔まで遡る。それはもう何年も前のこと。ベックマンの髪はまだ黒のロングで、彼がまだあちこちで女の人を引っ掛けて歩いていた頃のことだった。
「あれライムは?」
「ちょっと、な。おれが代わりじゃ不満か?」
「……いやべつに」
その日、待ち合わせ場所にやってきたのは約束していたはずのライムジュースではなく副船長だった。決してベックマンに不満はない。それは本心だし、彼に不毛な想いを寄せる身としてはむしろ嬉しかった。ただ、その日に限ってはライム奢ってもらう約束があったからちょっと残念だっただけで。
「ライムの方が良かったって顔に書いてあるぞ」
「えっうそ」
「……まだあいつもその辺にいるだろう。呼び戻せば一緒に」
ベックマンに背を向けられて思わずわたしはその手を掴んだ。
「違うの! ライムとはこの前やった賭けの賞品というか……なんでも一つだけ奢ってもらうって約束があって」
「ほう。ならおれが代わりにその約束を果たそう」
「えっ」
ベックマンは再び隣に並ぶとおもむろにわたしの手を取った。
「もう遠慮はいらねェな。さて、お嬢さんどこから見る?」
問答無用にスタートしてしまったけれどそれはわたしが夢見ていたデートそのものだった。
だけど彼のエスコートはやはりと言うべきかスマートで手慣れていて、それが少しだけ胸を締め付けた。きっと今まで沢山の女の人にも同じように優しく笑いかけて手をつないだりしたんだろうななんて。
でも今は、今日だけは。ほんの少し傷付いた恋心には見ないふりをして彼の手を引いた。
「ね、ベックマン」
「グリューワインに、キャンドル……あァもうそんな時期か」
夕暮れ迫る街の広場にマーケットの灯りがともる。仮設店舗の軒先に吊り下げられたカンテラの光が温かく街行く人々を照らしていた。子どもたちの楽しげな足音と大人たちの穏やかな談笑の声が響くその場所へわたしたちもお邪魔することにした。
「かわい……」
目に留まったのは小さなツリー。部屋に置くならどこがいいかななんて想像してしまうくらいには気になっていた。けれど想像した部屋は潮の匂いの染み付いた海賊の部屋で、そこにはどうにも不似合いだった。それに、ツリーなんかよりわたしたちにお似合いなものがここにはある。
「さ、わたしたちもワインもらってこよっか」
「いまの店はもういいのか」
「バレてた? 確かにかわいいなって思ったけどね。別にいいかなって」
早く行こうと強引に店から離れようとするわたしにベックマンはそれ以上何も言わなかった。だからわたしもツリーのことは綺麗さっぱり忘れたつもりでマーケットを楽しんだ。船には持ち帰れそうにない大きな飾りや、子ども向けの玩具。どれも面白そうで可愛くて、結局アロマキャンドルを一つだけ買ってしまった。
「それだけでよかったのか?」
「いいの。意外と使い切るの大変なんだから」
それに、一つだけだから大事に使いたくなるし大事にした分だけいい思い出になるものでしょ? と彼を見上げると何か考えるような素振りをしてから「待っててくれ」とどこかへ行ってしまった。
「折角のデートだったのに、なんてそれはわたしだけか」
魔法のように突然降ってわいたベックマンとの一日を思い返しながら広場のベンチに腰を下ろす。同じ船でこれからも冒険を続ける限りまたいつかこんな偶然のご褒美がやってくるのかもしれない。身体に残るワインの熱に思考はふわふわと夢を描く。ベックマンと手を繋いで一緒に歩いてそれから。
「待たせて悪い」
夢は夢のまま。ベックマンの声でぱちんと弾けて消えていった。
「いいよ気にしないで。なにか買い忘れ?」
「あァこれを、おまえに」
手渡されたのはこぶりな紙袋。受け取った感覚ではそこまで重いものではなさそうだった。袋を開けてわたしは驚きのまま声を上げる。
「これさっきの……ごめん、気遣わせちゃって! あーっといくらだった? お代渡す」
「いらねェよ」
「いやいや副船長に出してもらうわけには」
「おれからのプレゼントじゃ受け取れねェってなら……あァそうだライムジュースの代役として、これならどうだ?」
「あぁもうベックマンがそこまで言うなら」
「あァ仕方ないと思って受け取ってくれ」
「でも、本当にありがとう。嬉しい」
それからわたしは毎年かかさずツリーを部屋に飾って過ごした。彼と過ごしたあの日の思い出が甦るような気がして、いつかあんな日をもう一度過ごせたらと夢を見て。わたしは何年も何年もそれを飾っては仕舞い込む。募る気持ちがいつか彼に届くまで。
12/02 魔法のように/隣に並ぶ/楽しげな足音