彼のいかにも海賊らしい風貌にはじめはどんな女たちも恐れを抱く。でもそんなのは結局ほんの一瞬のこと。
「お嬢さん」
彼が一声あの紳士ぶった声色で口説けば誰しも態度を軟化させた。酒を注いでおしゃべりをして、そして気づけば彼の誘いに頷いてしまう。わたしの知るベン・ベックマンとはつまり、そんなずるい男だった。
「いま誰のことを考えていた?」
まるでお見通しとばかりに目の前の男はニヤリと笑う。
「そういうあなたは?」
どうせ歯の浮くようなセリフを言うに違いないと鼻で笑って返してやった。けれどベックマンからお得意の口説き文句が出てくることはなく、その代わりにただ深い溜息が聞こえてくるだけだった。
「……なにかご不満でもあるのかしら?」
「ある、と言ったらおまえさんが満たしてくれるのか?」
懐に煙草を探しながらベックマンが楽し気にこたえるのを聞いて「しまった」と思ったが今さら遅いのかもしれない。燃えるような瞳がそこにある。
「……」
絡みつくような沈黙。けれどそれはいとも簡単に破られた。
「なァーーー! ベックマン!! 今夜の主役だろ! どこにいんだよォ!」
「……はぁ」
本日二度目の深い溜息。
「よかったねお頭が呼んでますよ主役さん。おかしらー! こっちこっち!」
シャンクスの馬鹿力に引っ張られて宴の中心へと引きずり出されていく彼の背をせめても見送ってやろうと眺めていれば彼らの歩みが急に止まった。シャンクスが早く来いよと叫ぶのに手を挙げて応えてベックマンがこちらに戻ってくる。その長い脚で軽々距離を詰めてやってきた彼をただ茫然と見上げる。
「次はないからな」
まるで脅迫のようなその言葉に頷くことも首を振ることもできずただ立ち尽くすばかりのわたしを置いて彼は早く! とうるさいシャンクスのもとへと踵を返す。
彼が満足げに笑っていたことをわたしは知らない、ということにしておいてほしい。
そう遠くない未来に訪れる「次」を考えまいと浴びるように酒をのんでしまったことも、翌日見知らぬベッドで目覚めることも。なにもかもこの時のわたしは知らないのだった。
誕生日の宴にて
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