その選択を

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「兄ちゃん、結婚おめでとう」

「あァありがとう」

 恥ずかし気にはにかむ青年と幸せそうに微笑む女性。こじんまりとしているがこれが二人の結婚式。

 祝福の鐘が鳴り響く中二人は誓いのキスをする。

 道の端に転がる石ころのように、誰にも気に留められず一生を終えるようなつまらない人生を思い描いていた。

 そんな彼女の世界にシュライヤ・バスクードは現れた。

 彼との日々は平凡とは言えなかった。賞金稼ぎを生業とする彼のそばにいれば自然と身の危険を伴う。しかしその刺激が好ましかったから彼といたわけではない。彼の自嘲的な表情と青年らしい表情のギャップに惹かれてしまったにすぎない。だからこそ、彼との関係がこの先もずっと続くものではないと初めから気づいていた。手が届くようであと掌一個分足りない。

 そんな距離感に心地よさを感じていたのはきっとお互い様だろう。

「好きだ」と言われたことは無かったし、言ったこともない。私たちは生活をともにこそしていたがそこに名前をつけようとはしなかった。二人は期限付きの関係。彼が復讐に命を懸けている以上復讐を終えた先の未来を考えることは許されざることのように思えた。まるで復讐よりも生き延びることを望むようでは、真に復讐に命を懸けているとは言えないんじゃないかなんて考えが常に思考の隅にあった。

 しかし、運命とは気まぐれなもので復讐は意外な形で遂げられてしまった。そして生き残ってしまった彼の前には私ではない一人の少女が立っていた。

 アデル・バスクード、失ったはずの彼の妹だった。

「よかったね」

 そう笑う一方で私は戸惑っていた。彼の復讐とともに終わるはずだった関係は終わりを見失ったばかりか、アデルちゃんの加わった三人での暮らしが始まったのだ。自分が彼にとって何者か。今更になって私は彼の言葉が欲しくなってしまった。彼の幸せそうな微笑みを見るたびに心がきしんだ。今まで彼をそれとなく支えるのが私の役割だったはずだ。けれど、今の彼にそんな役割の人間はおそらく不要だ。確信をもってそう思えるほどに彼は前に進んでいるように見えた。妹との時間を取り戻し、幸せを取り戻そうとしている。そんな彼のそばで私にはなにができるだろうか。一体自分は彼にとってどんな存在なのか。考え始めると止まらない思考は涙を呼んでくる。

「私が間違える前に教えて」

 そう伝えたくなるほどに私は彼の前でのふるまい方をまるで忘れてしまったようだった。どんな表情でどんな口調でどんな言葉を選んでいただろう。彼らの幸せな時間を私のたった一言が邪魔してしまうんじゃないだろうか。どうか、私がなにかを間違える前に教えてほしい。もうお前はいらないとはっきり言ってほしい。そんなマイナスな感情が膨れあがっていく。

「あんた最近変じゃないか?  」

 彼は本当に目ざとい人だ。私の異変に気付いてくれるのだから。

「そうかな? そうかも? わかんないや」

「わかんないってなんだよ」

「あのさ、私ってシュライヤくんの何かな? 」

「はァ? 何って今更そんなこと」

「あーごめん。変なこと聞いちゃったよね。いったん頭冷やしてくる」

 ただ一言、好きだとか彼女だとか恋人だとかそういってくれたなら。この際、友人と言われたってそれでもよかったけれど彼は何者とも答えてくれなかった。部屋を飛び出して一人砂浜を歩く。

 寄せては返す白波をぼんやりと眺めるうちに太陽は地平線へと消えていった。あたりが薄暗くなってきたころ、さくさくと砂を踏みしめる足音が一人分聞こえてきた。

「もう暗くなる。いつまでそこでそうしてるつもりなんだよ」

「そんなの私の勝手でしょう? シュライヤくんこそ何の権利があってそんなこと言うの」

「なんの権利? なんのったって……なんだろうなァ」

「ほら、何も言えないじゃない」

 迎えに来てくれた嬉しさを感じる反面でやっぱり彼にとって私は何者でもなかったのだと思う寂しさにむしばまれていくような心地がした。

「おれは、あんたとは死ぬその直前まで一緒にいるもんだと思ってた」

「それは復讐を終えるまでの話、でしょう? 」

「いいや? いまでもそうだと思ってるよ。死ぬまではあんたの傍にいたいし、あんたにゃ笑っていてほしい」

 そういって微笑みかけるシュライヤ君には以前みたいな自嘲的な暗い表情なんてどこにもなくて年相応の表情、それも心優しい青年の表情をしていた。

「生き残っちまってから、いつかは伝えるつもりでいたんだがまァ今でもいいか」

「おれと一生一緒にいてくれ」

 白いドレスに身を包んだ女とタキシード姿の男は微笑みあう。この二人の間に奇跡が起きたと言うならばそれはきっと、出会えたこと。彼らはお互いを必要とした。ただずっと隣にいることを選び続けた。たったそれだけの実直で曖昧な繋がり。時には静かに支えあうように身を寄せ合い、時には言葉をもって互いを雄弁に求め合った。

 そんな彼らが妻と夫となる。名前の無い関係に終わりを告げた夫婦が顔を見合せ笑い合う。

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