20251210

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benn・beckman × you…

  
 どうしてうまく言えなかったんだろう。本当はこんなはずじゃなかったのになんて後悔が頭を埋め尽くす。窓の外を歩くカップルが恨めしい。
 夜のカフェを訪れる客は少なく、わたしは広々としたボックス席に一人きり。なにをするでもなく手持無沙汰に時間をつぶしていた。ベックマンはまだ宴の席で美人にお酌をされている頃だろうか。それともあの太い腕で抱きしめるように女性を引き寄せて愛でも囁いている頃だろうか。そんなことを考えながら手元の珈琲にぐるぐると円を描く。珈琲はとっくに冷め切っていた。時折手を止めてまたスプーンで円を描いての繰り返し。
「そういうベックマンはコート着てると……やっぱなし」
 そんな台詞を吐いたのはほんの数日前のこと。待ち合わせにやってきた彼の出で立ちに正直見惚れていた。雪降る冬島の気候に合わせてか、いつものVネックシャツとは違い首元まで隠れるハイネックだったり、特徴的なあのマントに代わって無地のロングコートを羽織っていたり。気づいてみれば腰元に武器もなければ当然サッシュもなしでスラックスに革靴。普段の海賊らしいあの姿とは違う、陸でいい暮らしをしていそうな紳士然とした格好にときめかなかったと言えば噓になる。
 彼と恋人になってから今までに冬島で過ごしたことがないわけじゃなかった。けれど、あの日のベックマンは珍しく変装も兼ねているとかでふちがべっこうの眼鏡をかけていたし、いつもなら後ろに撫でつけているグレイヘアも顔の十字傷を隠すためか頬にかかるようにゆるくおろしていた。あれは流石に、ずるい。かっこよくて、だからこそ
「イヤだなんて」
 あの日、言わなかった言葉の続き。あのとき素直に言えなかった言葉はそのままわたしの胸の中に留まり続けた。
 今夜だって本当は美人さんたちにお酌をしてもらっている彼の手をとって一緒に酒宴から抜け出そうかと思ったけれど、この感情もあの日と同じでつまりはただの子どもっぽい独占欲だと気づいてしまえばもう何もできなかった。わたしだけが知っていたかったのに、わたしだけの彼なのに。そんな魅力的な姿ほかの誰にも見せないで。そんな幼稚な嫉妬を悟られたくなかった。
「なにが嫌だって?」
 振り向けば間接照明の薄明りのなかこちらを見下ろす双眸と目があった。
「……なんでいるの、ベック」
「夜更かしな恋人を迎えに」
「一人で帰れる」
「そうか」
 突然の彼の登場にかわいい返事の一つもできないでわたしは不愛想な言葉を重ねることしかできなかった。けれどベックマンはわたしの言葉を意に介さず対面のソファに腰を下ろすと店員を呼んだ。
「ブレンドコーヒーをひとつとカフェオレをひとつ、それからチョコレートケーキをひとつ頼む」
 客が少ないせいかものの数分でテーブルの真ん中に注文した三つが並ぶ。ごゆっくりどうぞと告げてウェイターは去っていった。ベックマンは手を伸ばしてわたしの手から冷えきったコーヒーカップを奪いとると代わりにまだ湯気のあがるカフェオレを押し付けてきた。
「……そのコーヒーわたしのなんだけど?」
 取り上げられたカップを指して文句を言う。けれどベックマンは何も言わず、今度はチョコケーキを皿ごとこちらに押しやってくる。
「なんのつもり?」
 ご機嫌取りのつもりだとすればとんだ見当違いだ。ただ自分の幼稚さに嫌気が差して自己嫌悪の真っ最中だからつい普段以上にツンケンした返事になってしまっただけで別に彼に喧嘩をふっかけたいわけじゃない。むしろ機嫌をとろうとされる方が自己嫌悪に拍車がかかりそうで、わたしは彼から目を逸らした。
「デートのつもりだが?」
「は? え?」
 想定外の答えにわたしは思わず顔を上げる。
「聞こえなかったならもう一度言おうか」
「いや、いやいや聞こえてたけど」
「そいつは良かった。ほら口を開けてごらん」
「へ、えっわっ」
 今度はわたしが問い返す前にフォークが突きつけられた。フォークにはひと口サイズのチョコケーキ。
「ほら」
「……んむ、おいしい」
 ベックマンの勢いに押されてわたしはついその声に従ってしまった。シンプルなチョコレートケーキは甘く濃厚で美味しい。
「そらもうひと口」
 食べるうちに今度は喉が渇いてきた。なんだかベックマンの手のひらのうえで転がされているような気がするけれど致し方あるまい。わたしは彼に押し付けられたカフェオレを口に運ぶ。
「なァお嬢さん」
 わたしを呼ぶ声は柔らかくて温かい。じわりとこの空間の温度が上がったようなそんな錯覚を覚えるほどに。
「今夜はおれを宴に置いてけぼりにして楽しめたのか?」
 ん? と首を傾げて微笑んだ彼に、わたしはとうとう降参する他ないと知る。
「全然だめ。あなたは綺麗どころにお世話してもらえて楽しめたかもしれないけど」
 封印するつもりだったけれど結局わたしは子どもっぽく拗ねることしかできず彼を恨めしく見つめる。
「おれも〝全然だめ〟だったな。可愛い恋人に置いていかれるなんて淋しい思いはもう二度と御免被りたい」
 ベックマンも拗ねたような口振りでわざとらしくそう言った。
「おまえさんが何をどう思うかは自由だが、」彼はそう前置きするとこちらを射抜くように真っ直ぐ見つめ言葉を続ける。
「嫌いになったわけじゃないのなら、そばにいてくれ。悩んだ顔も落ち込んだ顔、あァそれと、拗ねた顔も。全部隣で見せちゃくれねェか」
 身を乗り出した彼は手を伸ばしそっと頬を撫でた。触れた手のひらはやっぱり温かい。けれど彼の手はすぐに離れて行こうとする。
「わたしだってベックの色んな顔ぜんぶ見たい。でも……、できればわたしだけに見せてほしい」
 温かなその手を逃がすまいと両手で包み込んで引き戻す。彼は逆らうことなくもう一度わたしの頬を撫でた。
「お嬢さんもそんな可愛い顔を見せるのはおれだけにしてくれ。でなけりゃ、」
 そこで不意にベックマンが言葉を切った。不思議に思って見つめ返すと彼はため息を一つ吐いて困ったように微笑んだ。
「……余裕をなくしちまうだろうなァ」
 諦めたように呟かれたそんな言葉に、まだ余裕があるだなんてやっぱりあなたはズルいとやり返した。ベックマンはフ、と笑って表情を緩めるとそんなことはないさと言った。
「年の功なんてご立派なもんじゃなくこれは、ただの意地だ。いくつになろうが惚れた女にイイところを見せてェのさ」
 だから大目に見てくれと言って彼は眦を下げる。
「……しかたないなァ」
 本当は今夜、つれない態度をとってばかりのわたしの方が許しを請うべきだったはずなのに。気づけばわたしが彼を許す側になっていた。
「やっぱりあなたって、ズルい人」
 結局また彼の手のひらのうえで転がされてしまったのかもしれない。けれど彼の言葉に嘘があったとも思わない。そういうところがズルいのだけど。
「褒め言葉として受け取っておく」
 にやりと笑う彼にわたしもようやく笑い返して夜のデートをもうしばらく続けることにするのだった。

12/10 抱きしめる/柔らかくて温かい/温度

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