腹痛の日

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腹痛の日

「お腹痛い……しんどい……」
 女は呻くようにひとりごとをつぶやく。起きたそばから体調には違和感。着替えるうちにじくじくと痛みが本格的に耐え難いものへ変わっていった。幸いにも当番制の仕事には今日はあたっていないから酷い嵐にでも遭わない限り自室で過ごしていられる。安静にしておけばそのうち良くなるだろうとベッドに横になったところで扉がノックされた。多少のイラつきと腹痛のせいで唸るような返事をしてドアを開けると頭上から影がさした。
「休んでたとこ悪ィな」
 低く響いた声はこい慕う人物のものだった。
「あ、いえ」
 途端にイラつきはどこかへ消えていく。
「いま少し時間いいか」
「ええとはい」
 頷いて部屋の中へと促す。正直お腹の痛みは続いているが副船長からの話とあっては乙女心としてもいちクルーとしても断れなかった。身体のサイズに見合わない椅子に座った副船長はすぐに話を切り出したがその一瞬こちらを見て眉を顰めるような動きをしたような気がした。
 
「……ってことなんだが頼めるか?」
 最後にそう締めくくられた話はおよそ一〇分にも満たなかったと思う。その間にも腹痛は痛みを増すばかり。
「大丈夫ですやっときますね」
 痛みをこらえて平静を装い返事をする。いつもならもう少し彼と一緒にいたいとお茶に誘ったかもしれないがこの時ばかりは痛みのせいでそうもいかなかった。彼が部屋を出ようとするのを引き留めることもなくただそれじゃあまたと一言交わして扉を閉めようとした時、彼が振り返った。何を言うでもなくただじっと見つめられる。
「あのまだ何か?」
「……あァ。そうだな」
 少し間を置いて副船長がまた部屋の中へ戻ってきたかと思うとそのまま私の方へ近づいてきた。
「な、なんです? ってひゃあ」
 軽々と抱き上げられて視界がぐんと高くそして何より彼に近くなっていた。
「医務室まで運ぶ。いい子だから大人しくしてな」
 普段より近くから聴こえた声に私が心臓をばくばくさせて一生忘れられない思い出になりそうだなどと思っている間に医務室へと辿りついていた。
 
「体調が悪いなら隠さずすぐに医務室に来るように!」
 ただいま私はホンゴウさんのお叱りを受けている。理由は言わずともお分かりいただけるだろう。
「はい、すみません……」
 鎮痛剤がきいてくるまではベッドで寝ていけとのお達しに従い、横になったまま謝罪する。迷惑をかけないように隠したつもりがこれじゃあすっかり空回りだ。あとで副船長にも謝りにいこうと心に決め目を閉じた。
 目が覚めると痛みは薄れていて薬を持たされて無事医務室から出ることを許された。少し遅くなったが昼食を食べに食堂へ向かうとそこには二人分の食事が残されていた。
「あーそれなァ副船長の分だ。どうせ部屋でカンヅメになってるだろうから自分の食った後にでも持って行ってやってくれるか」
「了解です」
 
 午前中のことを一言謝るつもりでいたから丁度いいやと副船長用の昼食を持って私は部屋を訪ねた。
「副船長今いいですか」
「あァ」
 中に入ると煙草の臭いもうもうと充満していて予想通りカンヅメ状態だったことに苦笑する。
「お昼持ってきたので少し休憩してください」
「もうそんな時間だったか。悪い、ありがとうな」
「いえ私の方こそ今朝は医務室まで運んで頂いてしまって! ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
「もう体調はいいのか」
「あのあとベッドで休ませてもらってお薬も頂いたのでもう大丈夫です」
 お手間をおかけしましたと頭を下げると
「それならいいが。あまり無理はしてくれるなよ」
 とゆるく頭を撫でられた。
「それじゃあ私はこれで」
 謝罪もできたし食事も渡した。折角副船長と話せたけれどもう戻らなければときびすを返した。が、背後から声をかけられて振り返る。
「なァ」
 思いのほかすぐそばに立っていた副船長に驚いて一歩後ずさると彼はくくと笑ってとって食うわけじゃねェよと言った。
「おまえさんが良けりゃ休憩に付き合っちゃくれねェか。ひとりで休憩していてもどうにも書類が頭を離れないもんでなァ」
 そんな誘いに私は一も二もなく頷いた。たしかにこの書類の山の前にいちゃ気も休まらないでしょうねと同意すると今度から休憩するときには場所を変えてみるさと副船長が言う。
「でもどこを休憩場所にしても副船長すぐ皆に呼ばれるからそれはそれで休まらないかもしれませんね」
 私が苦笑しているとそれなら、と彼が口を開いた。
「ひとついい部屋を知ってる。どこか分かるか?」
「わかりませんよそんなの! どこもかしこも騒がしいし、この船で副船長の気が休まるような場所ほんとにありますか」
「あァ、例えばおまえさんの部屋とかな」
「へ?」
「野郎共の部屋と違っていちばん静かで落ち着く」
「いやいやいや!」
「ふ、冗談だ」 
 なんだ冗談かとほっとしたのもつかの間。
「まァ実際はおまえさんがいさえすりゃどこだって構わねェな。現に今もイイ気分だ」
 そう言葉を続けられてしまえばからかわれているのか本気なのか分からない私はただただ動揺するばかりだ。
「それも冗談ですよね!?」
 そんな私を他所に副船長はいたずらっ子みたいな笑みを浮かべて
「さてどうだと思う」
 と問いかけてくるのだった。

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