可愛い
私だけが知っている彼の可愛いところについて。それを話すにはまず彼の歩き姿から説明が必要だろうか。
彼、副船長がゆっくりと歩いているときはお説教を終えたときか、もしくは隣に女を侍らせているときだ。これは私の長年の観察により導き出された方程式なのである。とばかに自信ありげに言ってみたがあながち間違いではないと思う。たいていお頭にお説教をしたあとはすこし疲れた様子でのしのし歩いていくのをよく見かけるし、女であれば老いも若きも問わず歩くペースをいつも落としている全く立派なプレイボーイ仕草だ。
さて、そんな副船長が今日も普段より気持ちゆっくりと歩いているように見える。隣に女の姿は見えない、というか今は航海中なのでこの船唯一の女である私がそこにいなければいないわけなのだが。となるとあれはまたお頭のお説教終わりということになるのだろう。叱られる側がしんどいのは当然のことだが叱る側もこれまた大変なものらしい。私は早速彼にコーヒーと茶菓子でもと食堂へ立ち寄ったのだった。
食堂から失敬してた茶菓子と淹れたてのコーヒーを盆にのせて副船長室の扉を叩くと入れと静かに声が届いた。
「失礼しまーす」
戸を開けると部屋に染み付いた煙草の香りが鼻をかすめていく。副船長の香りだなァなんてのんきなことを考えていると彼からお呼びがかかる。
「突っ立ってねェでさっさと入れ」
「すみません」
「で、どうしたお頭がまたなにかやったか」
お頭指名でなにかやったと思われているというのは如何なものかと思いつつ私はここへ来た目的を話す。
「副船長お疲れかなと思いまして休憩しませんか?」
「はァ……」
副船長は深く溜息をつき眉間の皺をもみほぐしてからようやくまた口を開いて一言「助かる」と言ってからちょいちょいと私を手招きをした。素直に彼のもとに近寄ると腰に腕を巻き付けるようにして抱き寄せられ思い切りお腹のあたりを吸われた。
「なに、してるんですか?」
「……」
思っていた以上にお疲れだったらしい。いつものスマートに女性を口説いては傍に侍らせている彼とはかけ離れた彼の姿。しかし実を言うと私はこの彼の姿に慣れつつある。
「いつも言ってるじゃないですか。甘えたいときはいつでも呼んでくれたらいいのに。私これでもあなたの彼女なんでしょう?」
「あァ……でもな都合よく呼びつけるなんて真似したくねェんだよ」
「それはまあご立派なことで」
大柄な背をぽんぽん叩いてやるとそれに合わせて穏やかに深呼吸をする彼が正直私にとっては可愛らしくて結構好きなのだが彼は彼なりの矜持とでもいうのかどうも私を積極的には頼ろうとしてくれていない。それでも確かなことは一つある。彼は甘えん坊だということ。甘え下手の甘えん坊さんなのだ。副船長だとか年上の恋人だとか女の扱いがどうのとか色々と理由をつけては私を甘やかそうとしてくるけれど、それと同じくらい自分が甘えるのも好きだということに彼自身見て見ぬふりをしているのだろう。
「副船長は甘え下手ですねェ」
「……ベックだ」
「はいはい、甘えん坊のベックさんそろそろお茶にしませんか。あんまりこうしてると冷めちゃいますから。ね?」
腰に回った腕を叩いてみたが動く様子がないので指をひとつずつ引きはがすようにしてようやく甘い束縛から逃れる。
「今日はもう無理しないで。それ飲んでお菓子ちょっと食べたら一緒にお昼寝しましょうか」
「ん、あァそれもいいか」
ベッドに寝転がって彼の頭を抱えるようにしてやると、彼の高い鼻がすり寄ってくるのが分かった。
「さぁ早く寝ましょうね、おやすみなさいベックさん」
「あァ、おやすみ」
こうして甘え下手の彼氏をあやすように寝かしつけると決まって彼は目覚めたときに極まりが悪そうにするけれどそれもまた彼の可愛いところの一つだ。
これが私だけが知っている彼、ベン・ベックマンの可愛いところという話だ。