beckman × you…
ふわふわと微睡みかけていた意識が急に現実に引き戻された。
「……い、おいまだ寝るなよ」
「いまいい感じだったのに」
文句を言ったわたしの口にベックマンはキャンディーを放り込む。
「おまえさんが言い出したことだろうが」
「そうだけどさァ」
がりがりとかみ砕いてしまったが飴玉はレモン味だった。壊血病に恐れをなしていたあの日々が無性に懐かしくなる。
「なら頑張ってくれ。あと五問、いや三問でいい。とにかくそこまで解いたら今日の分は終わりにしよう」
うっかり転生なんてものをして、うっかり再会してしまったわたしたちはこれまたうっかり恋に落ちてしまった。嬉しいことにわたしと彼の年齢は以前ほど離れていなかったのでこうして勉強会をすることだってできている。
「まさかベックと合法的に制服デートできるなんて。すごいよね」
起こされてキャンディまでもらったもののテスト勉強にはすっかり飽きてしまった。船上で暇つぶしと言えば釣りか鍛錬か呑むくらいしかなかったけれど生憎と今のわたしたちはデジタルでハイテクな社会に生きている。わたしは充電器に繋げたままのスマホに手を伸ばした。
ホーム画面の壁紙はちょうど一年前の今頃、再会したそのときに撮らせてもらった彼の写真だ。コートの襟元からのぞくのは見慣れた制服。前世では絶対にお目にかかることのできなかったまだあどけなさの残る彼の姿に自然と顔がほころぶ。けれど隣から伸びてきた手によってわたしのスマホは取り上げられてしまった。
「その言葉には同意するが話をそらしても無駄だからな。せめてあと三問は頑張れ」
「えー」
「えーじゃない。今のうちにこれくらいできておかねェと苦しいぞ」
「……がんばります」
ベックはあと数カ月もすれば卒業してしまう。推薦で早々と進路を決めた彼は三月には上京して一人暮らしを始める予定だと教えてくれた。わたしはと言えば、彼と同じ大学に進んでやると意気込んで勉強を見てほしいとお願いしてみたものの自分の出来なさに肩を落とすばかりだ。
「……無理に同じ大学にこだわる必要は」
「ある。絶対あるよ。都会に行ったベックがサークルのメンバーだからとか言ってきゃぴきゃぴした女の子たちに囲まれてる未来がもう見える。それでワンナイトとかしちゃうんだ! 酒場に行くといつも女の人に囲まれてたことわたしは忘れてないんだからね」
「……」
「あー! ほら黙った。ベックもいまあり得るなって思ったでしょ。駄目だからね! 浮気! ダメ絶対!」
「まったく、おまえの中のおれはいつまで昔のままなんだ?」
言葉を切って彼はわたしの首元、制服のリボンに手をかけた。彼がすこし力をこめて引くと元々緩めていたリボンはそのままするりと彼の手に滑り落ちる。
「いい加減おれを見てくれ」
そっと触れ合った唇から煙草のにおいはしない。優しくついばむような口づけも今日は甘酸っぱいレモン味。何もかもが違うのにそれでも昔と同じ触れ方で、この先に何が待つのか予感させるには十分だった。
「べっく……?」
漏れ出た声に、けれども彼は手を止めた。
「今のおれはまだ二十にもなってねェしおまえとだってたった一年しか違わない」
彼が何を言おうとしているのかわからないままわたしは彼を見上げる。
「おれはまだ高校も卒業していないただのガキだ。それでもおれのことを経験豊富だなんて言うつもりか?」
「……もしかして、」
「あァ初めてだ、だがそれはお前もだろ」
彼が恥ずかしそうに視線をさまよわせる。記憶の中の彼が見せたことのないその表情にわたしの胸は高鳴った。彼のはじめてを貰えることも、わたしのはじめてをあげられることも、たった一度きりのこと。あの頃のわたしたちにとって互いの過去はいつだって嫉妬の対象だった。
「……わたしでいいの?」
「大学のサークルで適当な女をひっかけて童貞を捨ててから来いとでも?」
「や、やだ! だめ!」
慌てて口走ったわたしをベックマンは腕の中に閉じ込めるようにきつく抱き寄せた。
「あァわかってる。おれにはおまえだけだ」
満足そうに彼がつぶやく声にわたしもそっと頷いた。
12/12 コートの襟/充電/ふわふわ